本摊は長い間何も書いていなかった。「ブログを書く私」が消えてしまった。
しかし今、その「私」が戻ってきた。
静かな時だけに、「ブログを書く私」が現れる。この「静かさ」はもちろん、心の静けさだ。この心の静けさは「個人主義」に根ざしている。
自我を突然発見したとき、何かを書きたいという強い欲望が湧いてくる。もし私たちが群衆と密接に結びついているなら、「ブログを書く私」は消えてしまう。なぜなら、考える必要がないから、あるいは「ブログを書く私」が必要ないからだ。私たちはある種の社会的役割に没頭している —— 息子、娘、父、母、夫、妻、上司、部下…… 毎日多くのことをし、多くの関係を処理し、とても忙しく、同時に充実している。
しかし突然、あなたはその確信を持っていた社会的役割を失い、無限の悲しみと暗闇にさらされる。無力なあなたは深淵に落ち、黒い大洋の中で迷子になったようだ。外界の光を得ることができず、周囲を見渡すと無名の虚無しかない。
その時、「ブログを書く私」が再び現れた。これが本当の私だ。彼は光の束のようで、外界に聖なる輝きを放っている。この世界に光がないのなら、私たちが光を創造しよう。いいえ、私たち自身が光なのだ。
短い人生を振り返ると、常に私のそばにいたのは「ブログを書く私」だった。彼は思考で私の脆弱な心を癒し、創造で永遠の国を築いている。
これが私の家、私の守護者、私の永遠の国なのかもしれない。